内藤 正裕先生

原点を学び、
源流を見つめる

内藤 正裕先生

くれなゐ塾

日本の歯科界に多大なる影響を与えた歯科医師、内藤正裕先生。
半世紀以上にわたる年月の中、常にトップを走り続け、昨年3月に臨床を退かれました。
日ごろの診療で愛用されていたサージテルの「見る力」と、人間が持つ「自然の摂理」を基盤に、
どんな歯科医師人生を歩まれたのか。過去・現在・未来を通し、内藤先生の哲学を語っていただきます。

内藤先生が歯科医師を目指し、咬合学を重視するようになったきっかけを教えてください。

僕は高校卒業後、もともとは建築をやりたかったんです。住宅や店舗ではなく、飛行場やダムといった時間が経っても残る何かを造りたかったんですね。

ところが当時は高度経済成長期の真っ只中で、建築業界の競争が非常に激しくて。ちょっと厳しい世界だなとなったとき、内藤家は精神科から胃腸科、肛門科まで代々医者がそろっていましたから、まだいない歯科医をやってみないかということで歯科大学を受験しました。正直、この道を選ぶ強い動機があったわけではないんです。

大学に通い始めた1960年代の終わりごろは、日本の歯科はまだ黎明期でした。一部のドクターはすごく突出していたのですが、やはり勉強するには海外へ出ることが大事だなと。そこで歯学部の先生の紹介でたまたまチャンスがあり、アメリカの南カリフォルニア大学へ短期で勉強をしに行きました。皆さんもご存知、SJCDの山﨑まさお長郎先生や本多正明先生も一緒です。

ただ、わずか1週間という短い期間。もうちょっと残ってアメリカの様子を見てみようと考えていたところ、これまたご縁があって当大学院の講義や実習の助手をさせていただくことになったんです。ちょうどナソロジーのうねりがグッと波のように来ていた時代。咬合に関する講演が多く、普段だったら直接お会いすることのできないような高名な先生方のレクチャーを毎週聞くことができ、なかなかおもしろく感じましたね。日本では文献を読むしかなかった咬合学について、デンマークやスウェーデンといった海外の先生方のお話を聞くうちに、僕のお尻に自然と火がついたという感じです。

日本に戻ってからは若手の先生たちで集まり、定期的に勉強会を行なうようになりました。いわゆる「くれなゐ塾」の原型です。その中で当然、拡大の必要性についても議論されました。歯科の臨床というのはただ単に“見えればいい”という問題じゃないことは、日々実感していましたからね。歯や歯肉の外形やシルエットだけでなく、その先まで見なければならないんです。

ルーペを通して拡大すると、目に入ってくるのは一見静止画のようにも思えますが、実際の人間の体は細胞レベルで常に動いています。その見えている先で何が起きているのか。そこに気づけることで、口腔内の変化の予兆までわかってくるんです。だからこそ、普段の臨床から歯科医師は8倍、10倍のルーペを絶対に使うべき。さらに言えば、歯科衛生士やアシスタントも共有した情報をつかむべきだと思います。

現代の歯科診療へ取り組むにあたり、内藤先生はどのような視点を大事にされてきたのでしょうか。

内藤 正裕先生

「口腔内で何が起きているのか」は、常に考えてきました。特にこの何十年の間に、歯科診療の対象は大きく変わっています。かつては「ちゃんと噛めるように」という時代でしたが、今は「おいしく食べられるように」という時代。そうした口腔内の在り方の変化とともに、性質のまったく違うマテリアルが口の中で混在するようになってきたんです。天然歯と、天然歯を基準にした修復歯と、インプラントやCAD/CAMで作られたジルコニア……。常に変化する口の中に、変化しないことを前提に作られたさまざまな補綴物が入り、異種格闘技が行なわれるようになったわけですね。

たとえば、自分の足に合った靴をオーダーしたとして、どこか関節が悪くなって右と左でかかとの擦り減り方が変わったとしても、それは自然の摂理。靴屋さんに文句を言ったって仕方がありません。人間の営みの中で、人体は形を変えていくものですから。

それは口腔内も同じで、どんなにきれいな修復物を入れたとしても、咬合を完璧に調整できたとしても、咀嚼状況や年齢、食べ物や全身とのつながりで状況は必ず変わります。噛み締めで歯肉のラインが変わったり、微動だにしないインプラントの前方にある歯が何ミクロンか位置を変えていたり。肉眼では発見できないレベルの変化が生まれるんです。

多種多様のマテリアルが登場し、新しい治療法が出てくるたびに、そういった自然の摂理は見逃されがちになっているように感じます。“修復=セラミック”のように選択肢がショートカットされてしまい、「仮の歯にメタルを使って様子を見よう」「プラスチックを使うとどんなシステムの変化があるだろうか」といった、物事を掘り下げることが少なくなっているんです。

そうなると、もはや治療をするのは歯科医師である必要がないようにすら感じますよね。この患者さんの体に一番調和する治療は何か、拡大して見るとはいったい何なのか。これからの歯科界を担う若い先生方こそ、原点を学び、源流を見つめてほしいと思います。

現役を引退された今、次世代の歯科界にどんな未来を期待されていますか。

現代の若い先生方は、自分たちの務め、行動範囲をちゃんと見つけているように思います。ですから、それほど心配することもないというのが本音です。僕らがやってきたような勉強会やグループでの集団行動を嫌うドクターが増えてきたのを見て、「そんなんで本当に吸収できるのかな」なんて思った時期もありました。しかし、実際にはどんどんよい仕事を出すようになっている。それは、場所と時間を飛び超えて情報を得ることができるインターネットのおかげもありますし、勉強の仕方が多様化していることもあるでしょう。

先日、僕が相談役として顧問をしているある先生の発表を見させていただいたときも、自分の生き方や勉強の仕方をしっかり見据えていて感激しました。ちょっとアドバイスをしただけで、1年後にはぜんぜん違う姿に。3段跳びのように成長していたりするんです。もう我々が口出しする必要のない時代が来ているような気がします。

一方で、彼らが取り入れるほとんどの情報が“すでに完成された状態”であるのも事実ですから、一から考えるという経験が減っているのはやや心配です。目の前に出された料理をそのまま受け入れるのではなく、「この食材を育てるにはどうしたらいいのだろう」とか、「この料理にはどんな皿が合うかな」というところから考える機会が、奪われているとでもいいましょうか。

そしてもう一つ期待したいのは、現場の医療体制です。現在の日本は歯科医師同士のチームワークはよいように思いますが、歯科衛生士やアシスタントスタッフが同じ枠の中にいるようには感じられません。アメリカやオーストラリアでは結婚して一時退職しても、子育てが終わったらまたその診療室へ戻ってくるケースがすごく多いんです。スタッフがやりやすいシステムが発展すれば、日本でもそれが実現するのではないでしょうか。

とはいえ僕自身も、現役時代は「自分の臨床をよくしよう」ということばかり。視野が狭いまま、いつの間にかリタイアの時間が迫ってきてしまいました。ぜひ環境作りにも配慮していただき、日本の歯科界をより明るいものにしてもらえればと期待しています。

内藤正裕先生の半生を語っていただいたロングインタビュー。
ここでしか語られていないレジェンドの貴重な言葉、経験談を、ぜひお楽しみください!

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